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環境のために私ができること

人々(ひとびと)が安全(あんぜん)で健康的(けんこうてき)な生活(せいかつ)を送(おく)るためには、きれいな環境(かんきょう)が必要(ひつよう)です。 しかし、私(わたし)たちの環境(かんきょう)は、私(わたし)たちの過失(かしつ)のために日々悪化(ひびあっか)しています。WHOの調査(ちょうさ)によると、インドの首都(しゅと)、ニューデリーは今(いま)、世界(せかい)で最(もっと)も大気(たいき)が汚染(おせん)されている都市(とし)になっています。デリーの空気(くうき)は、1日(にち)に50本(ほん)タバコ(たばこ)を吸(す)うのと同(おな)じレベル(れべる)になっていると言(い)われています。そのため、市民(しみん)に様々(さまざま)な健康被害(けんこうひがい)が出(で)ています。それが原因(げんいん)で亡(な)くなる人(ひと)もたくさんいます。汚染(おせん)のレベルがひどい日(ひ)は、子供(こども)たちの健康(けんこう)を守(まも)るために、学校も休みになるほどです。去年のディワリの祭(まつ)りで、インドの最高裁(さいこうさい)はデリー市内(しない)における花火や爆竹(ばくちく)の販売(はんばい)を禁止(きんし)しました。その他(ほか)にも、政府(せいふ)は色々(いろいろ)な環境対策(かんきょうたいさく)を講(こう)じています。けれども、安心(あんしん)して健康的(けんこうてき)な生活(せいかつ)を送(おく)るために環境(かんきょう)を守(まも)ることは、私(わたし)たち市民一人一人(しみんひとりひとり)の責任(せきにん)でもあります。環境(かんきょう)を安全(あんぜん)かつ清潔(せいけつ)に保(たも)つために、政府(せいふ)の対策(たいさく)に協力(きょうりょく)することはもちろんですが、私(わたし)たち自身(じしん)が「環境(かんきょう)のために私(わたし)ができること」を考(かんが)え、努力(どりょく)することが必要(ひつよう)です。例(たと)えば、私(わたし)たちは以下(いか)のようなことができます。     道(みち)にごみを捨(す)てない。買(か)い物(もの)に行(い)くときに「マイバッグ」を持参(じさん)し、ビニール袋(ぶくろ)はもらわないようにする。毎日(まいにち)の生活(せいかつ)の中(なか)で電気(でんき)の使用量(しようりょう)を減(へ)らし、水(みず)の消費量(しょうひりょう)を削減(さくげん)する。「マイカー」の代(か)わりに公共交通機関(こうきょうこうつうきかん)を利用(りよう)する。家(いえ)の周(まわ)りにたくさんの木(き)を植(う)える。アパート暮(ぐ)らしの人は、ベランダで花やハーブなどを育(そだ)てる。新聞(しんぶん)やペットボトル、瓶(びん)などをリサイクルする。  個人(こじん)ができることは小(ちい)さく、また限(かぎ)られていますが、それをみんなでやると大きな力(ちから)になって、私(わたし)たちの環境(かんきょう)はきっと良(よ)くなるでしょう。大切(たいせつ)なことは、一人一人が「私(わたし)たちの環境(かんきょう)を私(わたし)たち自身(じしん)で守(まも)る」意識(いしき)を持(も)つことだと思います。     森(もり)がなければ、私(わたし)たちは息(いき)をすることができません。土(つち)がなければ食(た)べることができません。川(かわ)がなければ水(みず)を飲(の)むことができません。これらの環境(かんきょう)システムを理解(りかい)せず、汚染(おせん)し破壊(はかい)してしまったら、人類(じんるい)は生(い)き残(のこ)ることはできません。技術(ぎじゅつ)の進歩(しんぽ)、社会(しゃかい)の発展(はってん)に伴(ともな)って、急速(きゅうそく)な勢(いきお)いで森林伐採(しんりんばっさい)、砂漠化(さばくか)などの環境破壊(かんきょうはかい)が進行(しんこう)しています。今私(いまわたし)たちが考(かんが)えるべきことは、「環境(かんきょう)」と「開発(かいはつ)」の両立(りょうりつ)です。つまり、「持続可能(じぞくかのう)な開発(かいはつ)」を行(おこな)い、常(つね)に環境(かんきょう)を考(かんが)えながら必要(ひつよう)なことや物(もの)を選択(せんたく)しなければなりません。この地球(ちきゅう)と、私(わたし)たち自身(じしん)、また次世代(じせだい)を救(すく)うのは、国(くに)、社会(しゃかい)、そして私(わたし)たちの一人一人の責任(せきにん)です。 作家: アブ・ハマザ

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